「産業医が職場を回るのは義務だから」——そう思って形式的に案内しているだけ、という企業は少なくありません。しかし職場巡視は、法令上の義務であると同時に、産業医が現場のリアルを把握し、健康リスクを早期発見するための重要な機会です。正しく活用すれば、安全衛生対策から職場環境改善まで幅広い気づきをもたらします。

職場巡視とは何か——法令上の位置づけ

職場巡視は、労働安全衛生規則第15条に基づき、産業医が少なくとも月1回(条件を満たせば2カ月に1回)、事業場を巡視することが義務付けられています。2017年の法改正により、一定の要件(産業医への情報提供体制の整備など)を満たす場合は「2カ月に1回以上」に緩和されましたが、月1回が推奨される事業場は依然として多くあります。

巡視の目的は「設備・作業方法・衛生状態に有害のおそれがあると認めるときは、直ちに労働者の健康障害を防止するために必要な措置を講じること」(労働安全衛生法第66条の5)と定められています。つまり、健康リスクを発見したら意見を述べ、会社が対処する義務が生じます。

産業医は職場巡視で何を見ているのか

「産業医が歩いて終わり」では職場巡視の本来の機能は果たされません。産業医は巡視中に以下のような観点から環境を確認しています。

  • ①物理的な作業環境:照明の明るさ(VDT作業では照度500ルクス以上が推奨)、温湿度(夏場の熱中症リスク)、換気の状況、騒音、有害物質の取り扱い状況などを確認します。
  • ②人間工学的リスク:デスクワークの姿勢、モニターの高さと距離、長時間立ち作業の環境など、腰痛・眼精疲労・筋骨格系障害のリスクを評価します。
  • ③休憩スペース・衛生設備:休憩室の環境、トイレ・洗面所の清潔さ、食事スペースの状況も確認します。ゆとりある休憩スペースはメンタルヘルスにも関係します。
  • ④現場の雰囲気・コミュニケーション:スタッフの表情、上司と部下のやり取りの様子、職場の空気感も観察対象です。「数字では見えない」部署のストレス状況を肌感覚でつかむのも産業医の役割です。
  • ⑤過重労働の実態:深夜まで電気がついている、休憩なく働いている様子がある、タイムカードのない働き方——こうした現場のシグナルを見逃しません。

職場巡視を活かすための人事・総務の役割

職場巡視の効果を高めるために、人事・総務側の準備と働きかけが重要です。

①事前に情報を共有する
巡視前に「最近休職者が多い部署」「長時間労働が続いているチーム」「設備の老朽化が気になる場所」などを産業医に伝えておくと、重点的に確認してもらえます。

②現場責任者に事前説明をする
「産業医が見に来る=監査ではない」ことを現場に伝え、協力的な雰囲気をつくってください。現場スタッフが直接産業医に話しかけられる環境が最も理想的です。

③巡視後の報告・記録を確実に残す
産業医から指摘や意見があった場合は、改善対応とその期限を記録し、衛生委員会で報告・追跡してください。「言いっぱなし」「聞きっぱなし」では制度の意味がありません。

④定期的なフィードバックをもらう
巡視終了後に「気になったことはありましたか?」と産業医に声をかけるだけで、口頭でしか言わない気づきを引き出せることがあります。

まとめ

職場巡視は、書類やデータだけでは見えない「現場の健康リスク」を産業医が直接確認できる唯一の機会です。「義務だから案内する」から「一緒に職場をよくするために活用する」へと意識を変えるだけで、巡視から得られる価値は大きく変わります。産業医と並んで職場を歩くことは、健康経営の第一歩です。